Talking To Myself

深夜まで作業をしていたら、突然友人であるアトランタに住むバンドマンが信じられないようなニュースをシェアしてきた。

そのニュースは30分後には世界中に拡まり、シーンや人々の心を震撼させた。

 

信じたくもなかった。ガセネタのニュースであったらどれほどよかっただろう。

だけど無情にも。そのニュースは真実であることが語られてしまう。

 

 

LINKIN PARKのヴォーカリスト、Chester Benningtonが他界。

 

今でも連日のように多くの情報が流れ、多くの人々が彼の死を悲しんでいる。

LINKIN PARKといえば、私達の世代のヒーローのような存在だった。特にそのフロントマンであるチェスター、彼の歌声と叫びに憧れた人間がどれほどいたことだろう。

 

チェスターやフィルボーズマンのように生まれてきたかった…とは私が今でもよく口にする言葉だ。それくらい、私にとっては全てがかっこいい存在の代表的な人物でもあった。

 

そんな彼が、自ら命を絶ってしまった。誰にも、何も告げずに。

 

彼は少なくとも私たちに見せる姿は素晴らしい人物だったと思う。ドラッグやアルコール依存症の話なんて、彼がカミングアウトしなければほとんどのファンは知ることもなかっただろうと思う。最新作をリリースした後の様々な動きの中で、チェスターは何度かその気持ちを爆発させていた。あからさまに、ネットや世界中から見える場で、その怒りを吐き出していた。その度に何度かSlipKnoT/Stone Sourのコリィテイラーが彼に言葉をかけていたのを思い出す。チェスター同様、彼も幼い頃の性的虐待や自殺未遂等をカミングアウトしていた。きっとコリィは壊れてしまいそうな頃の自分を重ねていたのではないだろうか。同じような経験をしたものとして、チェスターの苦しみを掬い上げようとしてくれていたのではないだろうか。

 

虐待を受けた人間はその事実を乗り越えるのに人生の半分以上を使う。

大人になっても、今起きたことのように過去が自分の耳元で囁く。その度に、自分の気持ちが過去のその頃に逆戻りしてしまう。今は違うんだと頭で理解しようとしても、過去の息遣いがすぐそばに息を潜めている。そんな気持ちを、きっと普通の家庭で育ってきた人達には理解してもらえない。どれだけ愛情を注いでも、どれだけ多くの言葉を語っても、愛されなかった頃の刷り込みがすぐ隣の別次元に存在している。そういうものなのだ。

自分自身の身体がまるでモノのように扱われ、愛情のカケラも与えてもらえない。自己否定が延々と続き、それを飲み込むことしかやり過ごす方法がわからない。

 

きっと根気が必要だと思う。また落ち込んでる、また死にたいとか言ってるよ…そうやってウンザリして離れていく人もいる。人が離れたのは自分のせいだとまた自分の評価を下げて落ち込んでいく。普通…という言葉を私はあまり使いたくない、でもその感覚は明らかに普通のモノとは違うのだ。自分を傷つけることでしか、痛みを吐き出すことでしか、生きていけない生きている実感がない人達もいる。

家族がいて、愛する人がいて、例えばチェスターのように愛する沢山の子供までいたのにどうして…と思う人もいただろう。愛されるべき対象は自分以外だと、根本的な部分で残っていたのなら…どうだろうか。

 

私は、個人的に自殺は負けでもなければ逃げでもないと思う。

ただ、ピリオドがついてしまったという事実。苦しくて苦しくて、自分が存在して息をしているこの1秒すら耐え難い人だっている。救いを求めた時に、死しか見えなかった人達だってきっといるだろう。

 

どんなに綺麗な言葉を言おうと。どれだけ後悔し懺悔しても、チェスターはもう帰っては来ない。

 

散々酷評を書き、彼を否定した言葉を山のように目にした。

そんな人達の書く"R.I.P"という言葉には何も感じない。ふざけんな、反吐が出る、と思わず書いてしまった。貴方達が書いた、彼に向けた一つ一つの言葉は刃物だったのに。どうして何食わぬ顔でチェスターを悼み、綺麗な言葉を並べられるんだろう。

私は、そんな中チェスターがポストするツイートが心にグサグサときてある日彼のアカウントのフォローを外した。自分の精神まで落ち込んで持っていかれそうな気がしたからだ。

 

音楽に痛みを落とし込むことで、彼は沢山の人間の共感を得てその叫びに世界中の人が恋したんだと思う。きっとチェスター自身は何にも変わっていなかったのだ。

彼の痛みは多くの人の心を救った。でも彼自身の心の傷は別だった。

 

自分自身が生きていちゃいけないんだと打ちのめされる。そこから無理やり立ち上がってきた曲達を、聴き手は手のひらで転がして言いたい放題する。それは再び自分自身が必要とされていないという感覚をすぐそばに呼び戻してくる。

確かにプロはファンを喜ばせることが仕事のうちだ、でもアーティストだって人間だ。ATTILAのFronzやKillswich Engageのジェシーが自身のSNSにポストしていたけれど、全くその通りだと思う。自分の気に入ったものを作らなかったからといって、そのアーティストを否定していいわけじゃない。そっと、自分の好みじゃなかったと手に取らなければ良いだけだ。

 

彼の苦悩を私達は誰一人として理解できないと思う。どれだけ苦しかったか、できることならもっと吐き出してくれても良かったんだ。今更だけど、そう思う。

彼は多くの人々の光だった。でも私達は、彼にとっての光にはなれなかった。

 

このニュースの後で、世界中で自殺防止のホットラインの電話番号がシェアされた。

 

だけど一つ言わせてほしい。

自殺を思い留まらせるのは、誰かわからない受話器の向こうの声じゃなく、最終的にはそばにいる人達だ。ホットラインは苦しみを吐き出す聞き手になってくれる、でも救いの声を発してくれるわけじゃない。今一分一秒も早くこの世から去りたいほど辛いのに、去りたい理由を相手に説明する時間がまた辛い(逆にその時間がバカバカしくなって冷静になることもあるけど)

もしかしたら海外は違うのかもしれないけど。

 

 

ここまで書いてきたけれど。

私はどうかチェスターの心が苦しみから解放されたことを願う。

安らかに、、なんてとても言えない。きっと最後の最後まで彼は闘っていたのだから。

彼の家族、子供達、メンバーに何かもしサポートができるのなら参加したいと思う。そして、その皆の悲しみが1日も早く、少しでも和らいでほしいと願う。

 

寂しいよ、チェスター。

 

チェスターの親友、クリスコーネルの自殺の件が合わせたように報道されるが。

 

実はチェスターの命日となってしまった次の日は、私の世界で一番好きなギタリストの片割れ、Justin Loweの2周忌だった。

Justinが亡くなった時、彼の死に方に対して様々なことを書いていた人がいたことを私は忘れない。凄く凄く辛くて、信じたくもなかった。死に方の解明なんてどうでも良かった、ひたすら私は悲しくてたまらなかったから。

 

自分が最も愛する音楽、でもその音楽で生活し飯を食っていくためには現実的なお金に変えなければいけない。その生み出した作品にファンが出してくれたお金が自身の身になる評価の形。そうするためにアーティストは日々きっと闘っている。そのプレッシャーはきっと精神を崩壊させるには十分すぎるほどのものだと思う。

 

 

私は今こうやって音楽に関わることをやっていて、大抵のことは叶えてきた。

もちろんかなりの努力はしてきたつもりだけど。

会いたいアーティストや見てみたい場所には、必死に食らいついてチャンスを得てきた。

 

だけど、この先どれだけ努力をしようと、もしも私の活動がどんどん大きくなっていこうと。私はJustinの弾くギターを一生目の前で聴くことはできない。チェスターの笑顔を目の前で見ることは叶わない。

 

人を否定し罵ることは簡単だ。誰にだってできる。

人を生かすような言葉を、自分は誰かに言えるだろうか。

そう考えた時、ステージの上で言葉を絞り出していた彼が人々の心に残していたものはどれほど尊く凄いものだったのか。思い知らされるのではないだろうか。

 

 

 

このニュースの直前、実は私はもう一つ別の記事を書こうとしていた。

 

来月にアルバムのリリースが発表された、オーストラリアのThy Art Is Murderについてだ。私の日々のSNSを見ることがある人は知っているかもしれないが、個人的に仲が良く私の事をブラザーと呼んでくれる人達でもある。

昨年話題になったCJの脱退理由が、結婚したいのにバンドをしていたらお金が稼げない…というものだった。そしてCJはバンドを離れ、戻ってきた。これはここ最近のインタビュー等で明かされたものだが、彼もまたドラッグの依存症とメンタルの問題で相当苦しんでいたようだ。

その時期についてCJは

『妻にもとても沢山の迷惑をかけたし、多くのフレンドシップを俺のせいで失うことになってしまった。俺にとってバンドのメンバーだって家族同然の大切な仲間だったのに、俺はもう自分のことしか見えてなかったんだ。全てをクリーンにしてもう一度いろんなことを見つめ直した時に、まずショーン(Gt)に連絡をとったんだ。やり直せないかなって』

と語っている。

脱退当時のインタビューでは同じくGtのアンディが

『心が押しつぶされそうな話だよ、でもねCJはバンドを離れてしまった。俺たちは進まなきゃいけない、そういう道のりが残ったという事実が何を話そうと目の前にただあるだけなんだよ』

とも話していた。

最近のアメリカのラジオインタビューで、アンディが嬉しそうにCJが戻ってきたことを誇りに思っていると話していたのには頰が緩んでしまった。

 

CJのカムバックには、彼自身が兄弟と呼ぶこのバンドメンバーや奥さんの支えがあってこそだったと思う。私はただただ、彼が再び元気な姿でステージに立っている姿を見ることができて嬉しい。もしかすると私達は、二度と彼に会えなくなっていた可能性もあるのだから。

おかえりなさい、ありがとう。その気持ちでいっぱいだ。

 

 

ドラッグ、アルコール、PTSD、様々な苦しみが人々の中にはある。

心の病は、周りが一緒に引きずり込まれそうになるほどの強いマイナスのエネルギーがある。だけど、どうか見捨てずに根気よく付き合っていってほしい。それはとても辛くて、自分までおかしくなってしまいそうに疲弊する、終わりのない追いかけっこみたいなものだけど。

 

できるだけ、好きなことをして。好きな人には好きと伝えて。

そうやって生きてほしいなと思う。

どんなに苦しくても。でも本当に苦しかったらいつだってやめていい。

やめていいからさ、やめる前に自分の好きなことを目一杯やってほしい。

案外、死ぬのは今度でいいや、って思えたりするから。

 

 

私自身、今はもうこの世にはいない実の父親にとても酷い虐待を受けてきた。

今でもあの人が私の首を絞めながら

「お前なんか誰も好きじゃない、生まれてこなきゃ良かったのに」

と言う光景を思い出しては、息が止まりそうになって泣きながら起きることがある。

全部は書きたくもないようなことばかりで、思い出すと情けないことに今でも錯乱する。ただし私は今も生きている。結局はそれが現実として残っている。何処へ行っても人間の扱いをしてもらえなかった私を救って、犯罪歴もドラッグも何も無い人間として生かしてくれたのは生きていく中で出会った音楽や数少ない友人だし、育ててくれた祖父母の存在があったからだ。

もう大丈夫だよ、とそれを何度励まされようとも。その度に持ち直しても。これは一生私につきまとってくる。

抵抗できない子供が被害にあう痛ましい事件は、どうか減っていってほしいと願う。

 

 

 チェスターが亡くなる直前に発表されたMV、"Talking To Myself"。素敵な映像が沢山流れ、切ない歌詞だけどチェスターの声はとても美しい。私は新譜の中でもこの曲好きなんだけどな。

"You keep running like the sky is falling" の歌詞を聴くたびに、チェスターが私達の手の届かない場所に行ってしまったと心にぽっかりとした空虚ができてしまった気持ちになる。

 

 

ファンは批評家じゃない。音楽ライターだって、万人が目にする場で度の過ぎた攻撃的な文章を書くべきではない。人を万人の前で堂々と好きなだけこき下ろして良い権利を与えられたわけではないからだ。

360度の目線で見た時に誰かに理不尽で嫌な思いをさせていないか…それは考えている。

私がSlipKnoTの悪口や批判された文章を読んだら腹が立つように、必要以上に誰かが憤るものを書く必要性を私は感じない。

私だって好きじゃない音楽や嫌な事をされたバンドはある。友人に話しはする事もあるが、それを別にこの場で書こうとは思わない。

 

私がとても悲しんでいる時に「普段デスコアの事ばっか書いてるくせに」という言葉が日本の人から向けられた。ただ、寂しいなと思った。

 

 

 

 人の命は、簡単に消えてしまう。

 

どれだけ偉大なアーティストであろうと、一般人であろうとも。

彼の死に何か感じた人は、彼の命を奪った苦しみに心の目を向けてほしい。そして強く生きてほしい。

 

今やるべきことはくだらない喧嘩でも、彼のメモリアルを謳った商品を作ることでもない。

彼の居ない今日を、彼が居なくなってしまった世界を、私達は自問自答しながら手を合わせ、一生懸命生きるべきだと思う。

 

沢山の素晴らしい曲をありがとう。

チェスター、あなたの事は絶対に忘れません。